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443:1/22011/04/21(木) 09:12:09.67ID:LWbowqL5
被災関連の話、気分が悪いので書き捨て。

幼稚園の送迎の時間に他のママさんと震災の話してた時、
確かに被災者は大変だけど、消費税さえ免除されるのってどうなの?とか、
私らみたいな賃貸住まいが、被災者のために一軒家を建て直してあげるの?とか
テレビで放送してたいい年齢の被災者のおじさんが自分たちのために働かずに
マンガ読んでばかり、やることなくてつまらないと言ってるような人に
必タヒで働いたお金をあげるのって何か…じゃない?とか
最近の報道で????な思った事を吐き出してた。
ただし、私も他のママさんも義援金や水を送る事はしてる。
なんとなくな愚痴を言い合ってただけ。
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407 :名無しさん@おーぷん
3.11の時期になると思い出す話。

当時私は、関東でショップ店員をしていた。
あの日は、店の入っているビルもかなり揺れたが、特に大きな被害もなく、翌週から普通に営業が再開された。

地震が起こってからしばらく経った頃、出勤前にメールを確認すると、店長からスタッフ全員にメールが来ていた。
「全員、2Lの水2本を買って来てください」
ちょうど地震後に、店には非常時の備蓄が何もないから少しでも置きたいねという話を店長含むスタッフで話していて、
店長が上に掛け合ってみると言っていたので、その関係かなと思った。

出勤途中にコンビニに寄って水を買おうとしたら、この頃はまだ流通が完全回復してなかったため、
水も購入制限がかかっていた。
とは言っても1人2本まで、となっていたので店長に言われた分は買おうと思えば買えたけど、重いので2日に分けて持っていこうと考え、1本だけ購入して店へ向かった。

他のスタッフも水を購入して持って来ており、店のカウンターに数本の水が置かれていた。
私も
「買ってきましたよ」と水を置くと、
店長が
「ありがとう、これでうちの姉ちゃんたちも安泰だよ」と言った。

え、姉ちゃんたち?

私が聞き返すと、
「ほら、自分実家が福島で、姉ちゃんが結婚して実家近くに住んでるんだ。
家は大丈夫だったんだけど、あっち今水も不足してるみたいで、送ってあげたかったんだけど、
こっちもまだ購入制限あるじゃん?だから皆に協力して貰おうと思ってw」

スタッフ全員唖然。
いや、事情はわかったし、そういうことなら水の1本や2本買ってくるのは全然構わない。
だけど、メールでの指示が、とても自分の身内のために頼む態度ではなかった。(ほぼ冒頭のメールのまま)
しかも、その後先輩の1人が水の購入代金を請求したら「え、水くらい良くない?福島の人は大変なんだよ」だと。
はぁ?たしかに被災地の人たちが大変なのはわかるけど、お前が頼んだんだからお前が払え!
お前は大変じゃないだろ!と思った。
結局渋々と言った感じで水代は払われた。

でもみんなが納得できずに不満げにしている意味が店長には理解できなかったらしく、
「みんななに怒ってるの?困った時はお互い様だよ」と言っていた。
先輩が「正直にお姉さんのためっていってくれれば良かったのに」と言っても、
「説明不足だったのは認めるけど、水の1,2本くらいいでしょ。私ちゃんももう1本買ってきてね」と言われた。
もちろん買わなかった。

その後は、粉ミルク買ってこい要請もあった(これも冒頭メールと同じような態度で)が、
先輩が「銘柄がわからない!せっかく買っても店長のお姉さんの子供達の口に合わなかったら困る!買えない!」とわざと大騒ぎして誰も買って来なかった。

被災された店長のお姉さんは確かに気の毒だと思うし、少しでも力になってあげたいと考える店長の気持ちはわかるけど、
スタッフはお前の子分な訳じゃないんだよ。

しかも皆が買ってきた水、いつまでも店のバックヤードに置いてあって、
スタッフが
「店長これいつお姉さんに送るんですか?」と聞いたら、
「まだあっち方面の荷物ってちゃんと届かないんじゃない?もう少し安定したら送るよ」とのたまい、
結局翌年に私が店を辞めるまでずっと店に置かれていた。
辞めてよかった。
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309 沿岸 ◆E8BsKpvMCI 2016/05/03(火) 18:34:14.43
311の惨劇から5年以上経ったので書き散らせてもらう 
(当時) 
俺 45歳 食品メーカー営業 
嫁 40歳 専業主婦 
婚姻期間15年 
子供の数 男7歳 女3歳 

相手夫婦 
旦那30歳公務員 嫁28歳派遣事務員 娘1歳 
婚姻期間3年
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344: 名無しさん@おーぷん 2016/04/18(月)17:01:28 ID:S7z
夫が消防団に行くのがもう嫌でしょうがない。

元々夫の異動で、赤ん坊抱えて
夫の親戚がいる土地に住んだんだけど、
親戚の誘いと職場の人の誘いで
消防団に入ることになった。

その数カ月後に震災起こって、
関東だけど道が割れたりいろいろで、
平日は朝早くから夜遅くまで仕事、
土日は消防団って感じで、
こっちは夜泣きでろくに眠れない中、
ボロボロの家を1人で片付けるはめになった。
結局体壊して半年ほど実家帰った。

そしたら、昨日わかったんだけど、
あの時同じ消防団だったAさんは、
全然消防団に参加してなかったらしい。
赤ん坊いるからって。
夫も「家族優先だよ」って快く休ませてたって。

Aさんとこ夫婦は、
地元でお互いの両親も近所で、
友達も沢山いた。
私は子供と2人で、
むしろ月例はこっちの方が低い、
伝い歩きしだした頃だった。

今も大会あるって言って週3でいないけど、
それ以外は家事も育児も
協力してくれてるってわかってる。
でもこの怒りがどうしていいかわからない。

Aさん夫婦と夫と私とで
話している時に、知ったから、
夫とふたりになった時に静かに怒りを伝え、
「親戚付き合いや仕事で
俺は休むのは無理だった。でもごめんな」
と言ってはもらえた。

でも許せないし、消防団が嫌いでしょうがない。
なんだよもう。
地域で入ってる人の方が少ないのに、
なんでうちがすり減ってやらなきゃいけないのか。
怒りが収まらない。
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90: 名無しの心子知らず 2011/03/11(金) 21:32:38.07 ID:fYlD5eOd
火事場泥棒というか。妹の近所に 
みんな停電→店も停電→とりほうだい!って 
夕方飛び出していったっきり帰ってきてないママがいるらしい。 
「なんで皆行かないのバカね」とか笑ってたらしいけど。
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1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2015/03/11(水) 18:20:35.80 ID:1ukQO8BP0.net
 
東日本大震災追悼式の宮城県遺族代表、菅原彩加(さやか)さん(19)=石巻市出身=のことば ◇
私は東日本大震災で甚大な被害を受けた

宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。 

小さな集落でしたが、朝学校へ行く際すれ違う人皆が 
「彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい」と声をかけてくれるような、
温かい大川がとても大好きでした。 
あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、 
地鳴りのような音と共に津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。
しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。 


その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると釘や木が刺さり
足は折れ変わり果てた母の姿がありました。 
右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが
私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。
母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されてタヒんでしまう。
「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、
近くにあった小学校へと泳いで渡り、

一夜を明かしました。 

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