カテゴリ: 感動・いい話


970:名無しの心子知らず\(^o^)/2014/11/28(金) 13:51:09.76 ID:WrHzVZmj.net

大きな公園でどんぐりを山ほど拾ってきた小1。

家の前のちょっとしたスペースに
どんぐり ほしい人 どうぞ
って書いて置いていた。

ごんぎつねかwと思いつつ見守っていたら、
近所の小さい子とか、図工で使うから欲しいという子がいて結構繁盛?していた。

どんぐりも残り少なくなってきた昨日のこと、
ふとみるとありがとうというメモとともにどんぐりが置かれていた。

ごんぎつねかw

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208:名無しさん@おーぷん2017/11/28(火)09:04:36ID:XTN
地方の観光特急に、観光でなく仕事のために乗った。休日なこともあり、電車を待つ人はみんな旅行者。羨ましいなと思いながら乗り込んだら、3人家族が俺の席含む4席を向かい合わせにして、お弁当を広げていた。
たぶん、1人なら取らないと思ったのだろう。

実は同じ経験が以前にもあり、やたらと文句を言われた経験があり、車掌に無理を言って席を変えてもらった苦い思い出がある。
今回もそのパターンかと思っていたら、そこの家族の母親が「やだー!」と隣に座る父親の肩をバシバシ叩いていた。そして、俺の方を見ると「ごめんね!向かい合わせにしちゃって!仕事の方?お昼食べた?」と聞いてくる。
呆気にとられてる間にそこの娘さんが、俺の荷物を棚網にあげてくれて、父親がお茶と箸を用意してくれて、俺の座席へ促してくれた。
そして母親がどんどん料理を取り分ける。
「はい!お仕事お疲れ様!コンビニのおにぎりなんてあかんよ!」と言って、美味しそうな料理を渡してくれた。
手作り料理なんて久々で、また料理が美味しくて泣きそうになった。嫁は全然料理なんて作ってくれなかったから。
「量作りすぎてー、もー、ほんまアホやわあ」とゲラゲラ笑いながら、海老や蟹の殻を剥いては、俺に渡してくれる母親。
「こいつ、アホやねん」と言ってビールを注いでくれる父親。「3人で食べれるか心配やったわ」と無表情ながらもよく見たらめっちゃ可愛い娘におなかいっぱい食べさせてもらった。
降車駅で、母親が「余り物やけどこれ!」と言って、パックに色々詰めて渡してくれた。
途中で聞いたんだけど、一年前、息子さんを病気で亡くしたらしい。ずっと家族でふさぎ込んでいたらしいが、このままじゃダメだと思い、息子さんが行きたかった観光地へ向かう途中だったようで、息子さんがよく食べる人で母親はつい、4人分の大量のお弁当を作ってしまったらしい。
そんな時に優しくしてくれてありがとう。お弁当とても美味しかったです。

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1: 名も無き被検体774号+ 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:cG15Sdvf0
今度の土曜に婆さんの家に行くので今まであった事を書く

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964: 名無しさん@おーぷん 2016/03/27(日)13:18:48 ID:vLi

職場に可愛いBBAがいたんだがずっと独身だったので訳有りなんだと思ってた
そのBBAがいきなり月末に退職することになって送別会があった

俺その日飲み過ぎてBBAに絡むみたいに退職理由聞いたんだけど
生まれつき病気があって、もう臓器移植するしか方法がないんだけど
ドナーがいないからうんぬん、でも入院しないと生きていけないとかうんぬん

馬鹿かと思ったよ
なんで俺に相談しないの?って言ってやったわ
もしかしたら俺の臓器適合するかもしれないじゃん?
だいたい独り身で親も高齢のBBAが今後どうやって生きていくのよと
入院するにしたって保証人必要だろうし、親だっていつまでもそばにいないじゃん
もう俺と結婚すればいいじゃん、歳の差婚なんかいまどき珍しくもないよ
一生養ってやるから治療費なんか気にしないで、しっかり治して
治ったらその後はずっと家でぬくぬくしてればいいじゃんって
ていうか、俺が今日聞かなかったら何も言わずに退職してたの?
あんまりじゃん!ずっと大好きだったのに!

って騒いだw我ながら気持ち悪すぎるww

その後、適合検査受けたけど俺じゃダメだった
半年くらいたって、ようやくドナーが見つかって移植できた
退院日に入籍する約束してたから、明日の朝、退院したらその足で市役所に行ってきます^^



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278:1/82013/07/23(火) NY:AN:NY.AN 0

当時の年齢:弟=二十代半ば、私=二十代後半独身、弟嫁=三十代後半。両親は五十代。

計画出来婚(二人で画策ではなく結婚する為に弟を陥れた)で実家に責任とれと乗り込み、そのまま居座ってなし崩し的に同居してしまった。

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53
:なごみ ◆g0A3JSu6AE2007/10/25(木) 13:00:28 ID:kxuq/YkDO

ある雪の降る日の午後、近所の懇意にしている野良猫が一匹の子猫を咥えてうちにやってきた。
子猫を置いて、どこかに消えた。子猫、瀕氏。
母と俺とは大慌て。「とにかく、暖めてみよう」
子猫はなんとか生き延びた。が、鳴き声を発しない。
「仮氏状態になった時、脳をやられたのかな…」と思いながら、育てた。
餌は食べた。天窓の小鳥を目で追いかけていたから、視覚も大丈夫そうだ。

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133: 本当にあった怖い名無し[sage] 2010/08/04(水) 10:24:28 ID:qhNIrQT9P

いい話なのかは判らないけど投下
長文スマソ
自分が成人式を終えた年。
高校を卒業してすぐに一人暮らしをして働いていた自分はふと実家が
恋しくなり、その週末は実家に帰ることにした。
週末はいつも昼過ぎまで寝ている姉が珍しく朝から起きていて、
久し振りに家族全員が揃ってお昼ご飯を食べた土曜日、リビングで昼寝を
していた父は心筋梗塞でそのまま目を覚ますことなくポックリ逝った。

突然のことに母は呆然としてしまい、葬儀屋とのやり取りや役所や
銀行などの届け出は姉と自分が走り回った。
自分自身、何かに没頭しないとへなへなになると内心思っていたからか、
お通夜から初七日までとにかく走り回って「悲しい」という感情が
無くなったように涙ひとつ流れなかった。
仏壇の父の遺影を見ても実感が湧かないし、姉と「もうちょっと
痩せていた頃の写真使った方が良かったかなw」と話していたくらい。

で、翌日に四十九日を控えた日の夜、夢に父が出てきた。
母と姉と自分はお昼ご飯を食べ終えて、仏壇のある和室でゴロゴロ
していたら「ただいまー」と父が普通に帰ってきた。
夢の中の仏壇にも父の遺影は飾ってあるのになぁーと思いつつ、自分は
父が帰ってきたことがすごく嬉しくて喜んだ。
お腹が空いたと言うので自分の残した冷食のエビピラフがあるよと
言ったら嫌がられたw
自分たちは真夏の格好なのに、父は何故かセーターを着ていた。
母からプレゼントされたセーターだと、生前の父に聞いたことがある。

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27: 本当にあった怖い名無し[] 2010/06/13(日) 14:47:37 ID:fhsOFxRx0

いい話かどうかはわかんないけど、ひとつ。

小学校低学年くらいの時、凄い霊感が強かったみたいで
道を歩くだけでも色んなものが見えてた。
でも小さかったから、それは自分以外の人にも当たり前に見えてるもの、
見えてるけど皆話さないんだなーって不思議に思ってたんだ。
で、家が割と田舎だから、すぐ近所に小川があったりとかして、
その頃の暮らしぶりって言ったら野生児そのもの。
毎日のように小川まで遊びに行ってある人と会ってた。
まあそれが幽霊だったんだけどwww

格好は武士?みたいな感じで、袴穿いてて。
最初は話しかけられたことに少なからず驚いてたけど、
二、三日経ってからはもう気にしてなかったらしい。
私が小学校の話して、相手は頷くだけ、みたいな。
絶対に言葉は発しなかった。

ある日親にその話をしたら凄い怖い顔で
もうその場所に行くのは止めろって言われた。
なんかおかしいな、って思って友達にも話してみたんだけど、
逆に私が気持ち悪がられる始末。
それでやっと「ああ、皆には見えてないんだ」って思うのと同時に
「じゃああの人誰?幽霊?」ってなって、今まで幽霊と話してたんだ、
っていう実感が急に湧いて来てさ。
その人に会うどころか、小川に行くこと自体が怖くなった。
で、そのままずっと会わないまま。
その人に一日あったことを報告するのが日課になってたから、
最初のうちは少し寂しかった。

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264: 離婚さんいらっしゃい 2013/03/15(金) 21:41:06.02

昨日 いい事あったんだ
11年ぶりに 県外にいる息子達と話できた

今年 上の子が高校受験でさ 
高校合格発表の日に、
届くように手紙と祝い金5万円
弟には、手紙と1万円送ったんだ

高校落ちてたらイカンと思って 
中学卒業おめでとう
こんな時ばかり 連絡してごめんなさい


どうしても おめでとうが言いたくて
親らしいこと 何一つできなくて
本当に申し訳なく思ってます

少しばかりですが、
お祝の気持ちを同封します
遠くから 君たち兄弟の成長と幸せを
心から願っております

何かあったら 連絡しておいで 
少しは、力になれると思う
頼ってくれたらうれしい
離れていても 君の父親だから

下の子には、少しだけど
父から初めての小遣い受け取ってくれるとうれしい
って手紙添えて

お礼の電話がきた 
俺の中では、車とトーマス好きの4歳の子と
単語も言えない2歳前の子で
成長が止まってる息子達が
しっかりと喋ってお礼を言ってくれた
3人とも泣いて会話にならないんだ

感情に流されず養育費送金してて心からよかった
郵便屋さんありがとう

憎かった元嫁にも、ありがとう
駄文ごめんなさい 誰かに話したくて

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374: 本当にあった怖い名無し[sage] 2009/11/22(日) 09:52:59 ID:brOtIIkR0

父と妹の話。

4年ほど前、父が肺がんで亡くなりました。
過労やストレスなどもあり、余命半年の所、2か月で。

父は大変子煩悩で、遅くできた末妹を、とても可愛がっていましたし、
また、末妹も極度のファザコンと言えるぐらいに、父とはべったりでした。
「いつも笑い顔でいろ」と言う父の言葉を体現するかのように、妹は太陽のように明るい笑顔。
生まれた時から、妹は内臓に疾患があって病弱だったけど、父はそれでも大変可愛がってました。
父が倒れてから、妹は東京での仕事を辞めて帰郷し、付きっ切りで看病しました。

変わり果てた父の傍で、妹はいつも、手を握って話しかけて居ました。
「父ちゃん、あれ(テレビに映ってる食べ物)美味しそうだね、父ちゃん早く治ってよ。兄ちゃんに連れてってもらおう」
笑顔でうなずく父。
「父ちゃん、父ちゃんが知らない美味しいお酒、いっぱい私知ってるよ。父ちゃんへのお土産にも買ってきたよ。
だからね、父ちゃん、一緒に飲もうね。おうち帰って、一緒に飲もうね。父ちゃんの好きなレバニラとか塩ホルモンも食べようよ」
酒好きの父、それは俺と妹に受け継がれています。
酒の話に、とてもうれしそうになる父。
思い出の曲を静かに歌う妹と、耳を傾ける父。

「お馬の親子」という曲は、父がよくまだ幼かった妹を背中に乗せて歌っていた歌でした。
散歩に出かけた時も、手をつないでいつも一緒に歌っていました。
父が携帯電話を持った時、妹は父からの着信音を「お馬の親子」にしていました。

父の逝く日の夕方、父は妹に、「休め」と、口の動きで伝えました。
それを見て、渋った妹ですが、父が余りにも言うので、付き添いの人用の仮眠室に行ったそうです。
そして、父は逝きました。妹以外の家族と、兄弟たちに見守られて。

起こされた妹が、父の傍に行くと、手を握ってまるで狼の咆哮にも似たような声で10分ほど大泣きしました。
病棟全体に響き渡るような大声でした。父の事で、妹が泣いたのはそれっきりです。

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