カテゴリ: DQN返し



308: 本当にあった怖い名無し@ 2014/04/09(水) 08:36:32.08 ID:drnS9a0C0
DQN返しだと自覚してるし叩かれると思うけど
流れぶった切ってiPhoneから投稿

うちは私と弟二人の三人姉弟なんだけど
一番下の弟(以下弟2)が中2の頃に虐められてたんだ
元々弟2は友達が少ないし学校もよく遅刻してた
それに弟2はキツい性/格だから虐められるのもしょうがない
まあ、しょうがないんだけど可愛い弟が
虐められたのは腹が立ったんだよ
でも弟2は自分でなんとかするって言って
周りに頼らずに自分で解決させた
先生に相談したら、虐めっ子が謝ったらしい

虐めと言っても一人の男の子が執拗に
悪口や嫌味、ちょっとした暴/力を奮ってきた程度
虐めっ子が一人だけって事もあって結構早く
この問題は解決した、と思われたんだ
それから弟2が三年生に上がってすぐに制服を白くして帰って来た
理由を聞けば、虐めっ子が虐めを再開したらしい

黒板消しで叩かれたり物をぶつけられたり陰湿な虐めばかり
私は最初は聞いてるだけだったんだけど、急に
弟2が泣き出したから吃驚して詳しく聞いたら
親の事を馬鹿にされたらしいんだ
うち、片親の母子家庭で貧乏なんだけど
お母さんが苦労して育ててくれてるのは姉弟揃って理解してる
そんなお母さんを馬鹿にされた事
今まで虐めに関して泣かなかった弟2が初めて泣いた事に
私はこりゃいかんと思って腰を上げた

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110 :1/32008/09/06(土) 22:40:36

夏休みにに母にとっての義実家にやらかしたDQNですが……

夏休みだと浮かれていたときに深刻な顔をした父親に呼ばれ、
祖母が会いたがっていることを告げられました
祖父母は両方タヒんでいると思っていた(実際母方の祖父母は亡くなってます。父方も祖父はタヒ亡していたよう)
不思議に思ったのですが
どうやらここでいう天麩羅通りの糞トメのようで、妊娠中の母のお腹の子(つまり私)
が女だとわかってから母をののしり
挙げ句の果てには階段から突き落とそうとしたらしいです

幸い母は手摺りに捕まり、たまたまその瞬間に帰宅して現場を見た父はすぐに母を実家に避難させ、すぐに転職して、
住所も知らせず絶縁
気が強くて祖母もいじめるのをあきらめた叔母を通して連絡し、携帯が普及してから携帯番号だけ教えていたようです

杀殳されかけたのだから会う必要はないと言われましたが、
有名大学に受かった孫を自慢したいだけの調子のいい相手にムカついた私は行くと決断
しかもどうやら祖母は事故で亡くなった長男夫婦の息子(父は次男、叔母は三男嫁)
と私を結婚させようと勝手に企画しているよう
まともな男ならともかく、祖母の後継ぎ様マンセーで見事なオタクでパラヒキニートに成長したよう
即座にここの歴代勇者のDQN返しを参考に作戦を考えました

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511:1/22010/01/31(日) 20:12:40

DQかな〜とちょっと微妙だけど書いてみる。

同居トメはたっぷり買い込んでは腐らせ、切れたウトがまとめて捨てるって感じの人。
ウト亡き後、私たち夫婦が同居になったんだけど、
嫁に食材を使われるのもイヤ、でも嫁に捨てられるのはもっとイヤなだそうで、
どんどん冷蔵庫がとんでもない事になって行った。
私は普通程度に冷蔵庫を整頓するタイプなので、それに慣れていた夫がブチ切れ。
トメは渋々ながらも整頓をするようになって行った。

それと並行してトメに腐った物を食べさせられそうになる。


前もって「コレ痛んでるからあんたお食べ」と言ってくる時もあれば
何も言わずに出してくる時もある。
冷蔵庫を腐海にするのは得意なのに、痛んだ物は絶対食べないので
私一人にだけ出して自分は進められても食べないのでバレバレ。
私も小娘じゃないので、スルーしてる。

ある日、お昼ご飯にお漬物を出した。
それをトメに「コレ凄く美味しいんですよ」と執拗にすすめ、
幾ら薦められても「トメさんに食べてもらおうと思ったんで」と私は口にしなかった。
これは前置きナシの腐った物を食べさせようとするトメの常とう手段。
トメ、真っ赤な顔でこっちを睨んできたけど無視。

夕飯、トメが残した漬物を出して「お漬物どうぞ」と言ったら
「ちょっと!!あんたっ!こんな物食わせようっての!」と切れた。
そして夫に「食べちゃだめ!腐ってる!」と漬物に箸を叩きつけた。

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568:おさかなくわえた名無しさん2006/11/02(木) 16:32:45 ID:BM5FFDnD
深夜のコンビニで、夜食のクリームパンとカフェオレを買っていたら、
DQNにからまれた。いつもおさげでチビでメガネなので、こういうのになめられやすい。
「俺らと一緒にあそばへん?」 「こんな時間に出歩いとったら危ないでー?送ってやろか?」
うっぜー、と思いつつ
「そうだね。今から会計済ませるから外の車の前で待っててよ。そこにとめてあるから。」
と言うと、DQNは外に出て行った。

会計を済ませ、外を見ると、とまっている赤いマーチの周りをぐるっと囲むようにDQNが立っていて、
ニヤニヤしながらこっちを見ていた。車に乗って逃走されないように、ということだろう。

コンビニのドアを開けるなり全力でダッシュ。駐車場を横切って、一番端っこにとめてある
10トントラックに乗り込んだ。
ポカーンとするDQNたち。私はトラックのエンジンをかけて、DQNのそばまで行き、
「あたしさ、今から九州に帰るんやけど、送ってくれん?」

送ってくれませんでした。

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867:名無しさん@おーぷん2016/05/15(日)23:43:18 ID:5LG

娘が反抗期で親に向かってATMだの、高卒とか言ってきた。
子供が中二の頃、いきなりグレた。悪口や悪態を始めた。

面白いから、俺も嫁も子供以上にグレた。

嫁さんも、俺も、元DQN
子供が産まれてからは、更正した。
まぁ、一月も持たずに泣いて謝ってきた。花屋

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275:名無しさん@HOME[sage]2017/06/02(金) 00:58:54.59 0.net
流れが止まっているので、15年間くらい学生アルバイトや主婦パートで接客業している私がウトメにキレた話。

基本的に店員をイラつかせるウトメが結婚以来ずっと苦手だった。


例えば外食時、店員さんが全注文を復唱し「ご注文は以上でお間違いないでしょうか」と聞いてきたら、トメが首を傾け小馬鹿にした口調で「ご注文お間違いないですぅ~」と言うと横でウトが店員をニヤつきながらジロジロ見ている。なんていうのは何度かあった。
大抵は無表情だったけど、何人かはちょっと引き攣っていた。

近所のスーパーでトメに出くわした時、アルトバイエルン試食のおばちゃんに、一口食べてからシャウエッセンじゃないウインナーはやっぱり不味いとわざわざ言って立ち去るのを見たこともあった。
他にも保険の契約変更のため自宅に来た営業マンにもらった粗品をウトメそろって延々とケチをつけたりとかもある。

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704: 名無しの心子知らず 投稿日:2009/01/18(日) 07:45:22 ID:YLkTyA5e
御近所の節約大好きママ、うちにちょくちょく来て
こちらが夕飯の準備なんかしてるとちょっと分けて~と言う。
たまに帰省のお土産なんかくれるし、特に気に留めなかった。
ある時タッパー2つ持参できたから『なくなるから困る』と断ったら
『じゃあ1つでいいや、これからお寺行くからさ~』
お寺…?と聞いたら

ママさん、悩みが色々あって実姉に相談したら『いいお坊さんがいる』と紹介されたらしい。
これから1人で訪問するからお坊さんにお土産に煮物を持って行く、と。
聞けば聞くほど新興宗教、『えー!?そういうのって現金じゃないとマズいんじゃないの?』と言ったら
お坊さんは質素に暮らしてるから煮物や野菜を喜ぶはず、と言い張る。
まあどーでもいいや、とその日は煮物持たせた。

数ヶ月くらい音沙汰なく、突然スッキリした顔で『治った!』と現れた。

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19: 名無しさん@HOME 投稿日:2010/10/14(木) 22:01:19
>>1 
乙です。 

小ネタだけども。新鮮です。とれたてピチピチ。先日やったこと。 
なるべくコンパクトにまとめます。 

天麩羅トメ。ウトは空気。 
私たち夫婦の不在時をあえて狙って合鍵で侵入しては、 
わざと侵入の形跡を残しつつ、わざと鍵を閉めずに帰っていくトメ。 

間違いなくわざと。悪意ムンムン。 

というのも、夫の私物のほとんどがまだ近距離別居のトメ宅にあり 
うちにあるのはほとんど私のものだけと知っているから。

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354: 1/3 投稿日:2013/02/18(月) 23:02:34.58
若くに結婚して若くに男児二人産んで二人とも大学まで卒業させて手堅い就職をさせた事が自慢の義母。 
口癖は「トンビが鷹を産んじゃったわ~」 
一方私の母は婚期は遅く、私を出産したのも当時にしては遅い30代半ばで、私は一人っ子。 

義母は何かにつけ自分がしてきたような、若くしての結婚出産子育てがいかに優れているかを説き、私の境遇や母を遠回しにsageてきた。 
「私が若いうちに産んだうちの子は優秀、近所の●●さんの嫁が36で産んだ子は発達が遅い」
「やっぱり若いうちに産まなきゃダメ、高齢だと女の子が産まれちゃっても次を産めないじゃない」 

適当に聞き流してきたが、私が母と同じく30半ばで第一子(女児)を産んだ時にもやってくれた。

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295: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2007/10/03(水) 04:06:38 ID:0IGHYmI8
私のダンナは、以前はよく友人や親戚を家に呼んでいた。 
そのたびに私は胃がキリキリしながらも「これも妻の務め」と精一杯もてなした。 
多いときは7~8人呼ぶこともあり 
私は持病の坐骨神経痛の痛みに耐えながらずっと台所に立ち続け 
大人数に見合う酒の肴(ダンナの友人は酒豪が多い)や料理をひたすら作り続けた。 
ダンナはといえば、客らと私の知らない趣味関係の話題などで盛り上がり 
私に対してはたまに「つまみがそろそろ無くなりそうだぞ~!」と声を張り上げるだけ。 
もちろん料理を運ぶのさえ手伝おうとしない。

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