カテゴリ: 実親族・親戚


472 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/05/23(金) 12:17:32.53 ID:IumXUO8Q.net
昨年生まれた息子にちょっと日本人離れした特徴があった
私も夫も日本人なので珍しいなと思ってたら、母の様子がおかしくなった
私、父の子じゃなかった
昔母が一年ほど不倫して、その時にできた子らしかった
両親は離婚、母は出て行って音信不通
父にはお前とは親子の縁を切る、二度と顔を見せるなといわれた
実家の鍵も電話も携帯も変えられた
父にとって私は裏切りの象徴でしかないらしい
30年近く父子として過ごしてきた年月は、父にとってなんの重みもなかったのかな
両親双方に裏切られた思いで茫然としてる
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今まで生きてきて凄く衝撃的だった体験

556: 名無しさん@おーぷん 2015/01/20(火)14:45:31 ID:33q
何事もチャキチャキサバサバとこなしていく
スーパー良トメだった義母が癌で余命宣告を受けたときに
普段と全く同じチャキチャキした勢いで
あっと言う間に家を整理してしまったのが衝撃だった。

かなり衣装持ちな人だったのに最低限の洋服を残してサッパリ処分。
小さなタンスに入院介護に適した下着類とパジャマ類を多めに入れて
普段着は本当に最小限。
あとお気に入りのスーツが1着。
正月に義実家で集まったときに全員に向かって今後の指示を出すと共に
「タンスのスーツは棺桶に入る時用だから忘れないで着せてね!」と宣言。
遺影用の写真はコレ・葬儀屋はあそこ・でも最小限の葬式でいい・
連絡して欲しい人リストはこちら・遺産というほどの物は義実家くらいだが
ここは査定価格でこれくらいだから誰も住まないなら売って分けろなどなど。
諸々の指示をサクサクと飛ばして義実家で3ヶ月一人で過ごした後に
自分で選んだホスピスに入って2ヶ月で先に亡くなってた義父のところに旅立った。

ホスピスに入ってから義実家に行ったら本当に何もない。
でも誰かが泊まるくらいは出来るように最小限の布団や食器は残してある。
ちょっと古びた旅館みたいな感じになってた。

なんというか潔く綺麗な旅立ちで悲しむよりも先にあっけにとられた。
最後の荷物に年代別の家族写真を見つけて初めてみんなで泣いた。
自分も見習いたいと思う。
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134:名無しさん@おーぷん2016/09/05(月)10:27:41 ID:rH0
両親と色々あり実家を出て十数年、色々な事情でまた同居することになったけど
小さな頃から家を出るまでの当時は何とも思っていなかった衛生観念や家事のやり方・考え方の差にスレタイ
・生ゴミは全部流し台の隅に積み上げて週に2回処理
・皿洗いは3~4日に1回なので必要に応じて洗い桶から拾って水洗いして使う
・掃除機かけは平均して年4~5回、交換する紙パックの銘柄も把握してない
・野良猫に餌付けして家に上げてしまっているので生ゴミを散らかす
・そのせいでGが山ほど出る
・そんな環境なのに、料理を作ったらフタもせず鍋をコンロに朝まで放置
・調理台どころか流しや床に落ちた食材も何もせずフライパンやお皿に戻す

母親は床が汚れたら手でゴミを拾ったあとウェットティッシュでその場だけを拭く
自称料理に自信ニキの弟は輪ゴムを使って得意気にネギをみじん切りにする技術を見せ付けるけど、切ったら満足して放置する
容器に入れてラップして冷蔵庫にしまうとかいう然るべき処理というか発想すらない
洗濯も洗って干して畳むという1サイクルに
4~5日かかるので風呂上りに体を拭くタオルが無い日がよくある

自炊して家事を全部自分だけでこなす一人暮らしを十年以上続けていた自分から見たらママゴトみたいなやり方のクセに生活能力に根拠の無い自信を持っててその都度アドバイスしようとしてくるのも衝撃的だった
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586: おさかなくわえた名無しさん 2017/05/20(土) 17:45:18.64 ID:ftFZ4dsL
娘が去年結婚して今の家で2世帯で住むことになったのですが
家をリフォームすると言い出した 

私が今住んでいる家は大工をしている夫が
一生懸命作った築35年の一戸建てで夫婦不便なく過ごせています 
娘に何度も
「お父さんが一生懸命作ったのよ?」
「まだ使えるのよ?」
と説得していますが聞く耳を持ちません

リフォーム箇所は 
トイレ(現在和式便器で配管はさびて壁からむき出しの状態ですが問題なく使えます) 
お風呂場(タイルが壁から剥がれ落ちたり窓からの隙間風がひどく
冬は驚くくらい寒いですが我慢すれば問題ないです) 
洗面所(床は一部腐っていますが洗面台自体は問題なく使えます) 
以上ですがどうやって諦めさせたらいいでしょう?

問題なく使えるし
夫が作って思い入れがあり
ずっと残していたいです 
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189:名無しさん@おーぷん2016/01/12(火)11:44:53ID:yg4
叔父から聞かされた話で異世界を見た
母方の祖父の姉?(祖父の妹だったかも)は今でいう搾取子だったらしい

いくら戦前といっても昭和には入ってたから
ここまで女の子の扱いが酷かったのは周りだと曾祖父の家ぐらいだったとのこと

小さい時から家事要員兼サンドバッグ。
母親が何してたかは知らんが数え年で10歳にもならない頃から家事を全て切り盛り。
裏庭の小さな畑の世話も担当。
でも父と兄に日常的に殴られるし
肉とか甘いものとか贅沢?なものは与えられないし大層苦労したんだと

だがこの女性は凄い社交的で外交的な女性だったらしい
叔父が祖父から聞いた話だと
「底抜けに明るくてどんなに殴られてもケロッとしてた」

幸い買い物含めた家事全般を丸投げされていたおかげで家に閉じ込められることはなかったから
持ち前の性格のおかげで友人は自然と増えていったらしい
女性が18になったぐらいの頃、女性に同情した有志が各々の親に頼み込んで
お金や服や住み処を手配してもらって女性を田舎から脱出させたんだと

曾祖父はこの失敗?から
「女が外で友人を作ったら親や夫の支配から逃れてしまう」と考えたみたいで
祖父の代から女性はかなり束縛されるようになったらしい

叔父も最初は洗脳されてたけど
奥さんがしっかりした人だったから洗脳が溶けたって。
今は普通のお父さんやってる
「だからお前の父ちゃん母ちゃんがお姉ちゃんに酷いことしてたらお前が止めるんだぞ」
と力説された

農家でも田舎でもない我が家が変に保守的だった理由がわかって、
俺には優しい祖父が叔母や母への当たりが強かった理由がわかって
あの年は正月早々げんなりした
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897名無しさん@おーぷん 2017/04/12(水)20:03:58 ID:QHT
ニートの糞姉が俺の車で飲酒運転して、親の農場に突っ込んで地獄へ行った。
遺品整理してたら、糞昔に書いたお花畑な遺書が出てきて

俺は次の土日、オーストラリアに糞姉の遺骨をまきに行く事になった。
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