カテゴリ: 実父・実母

228: 名無しさん@HOME 2011/10/19(水) 12:46:03.15 0
自分の体験ですが。 

親からの虐待の蓄積で自殺をはかるまでに追いつめられて、精神科やカウンセリングで辛く長くかかったけれど、 
親に向かって「お前は子殺しの殺人犯になる所だった。私が今も生きてることに感謝しろ」と言えるようになった。 
親が連絡をとってきても、「殺人犯の言う事を聞く被害者がどこにいるか」とつっぱねて、絶縁。 

ごく普通のダンナとごく普通の生活を送っていたけれど、子供がほしいと思うと、同時にすごい恐怖がわき上がって来るんだよね。 
一番困ったのが「甘える」とか「人に頼る」という状況(感情?)がどういうことなのかがさっぱりわからない。 
自分が甘えたり頼ったりしたことがないので(親に何かしてもらうということは、必ず見返りを返さなければならない契約であって、 
人に何かしてもらうということはものすごい恐怖)、それがどういう感覚なのかがわからない。 
子供が自分に甘えたり頼ってきても、こいつのために何で私が自分を犠牲にしなきゃいけないんだっていう感覚しか想像できないの。 

が、ダンナとその親が本当にごくまっとうな人で、普通に私を自分の娘のように可愛がってくれて、 
私は自分の親と絶縁してそちらの家族に入ることで「家族」をやり直したっていうか、初めて体験しなおしたっていうか、 
少しづつ「甘える」とか「何かしてもらう(罪悪感や見返りなしに)」という感覚がわかるようになった。 
可愛がってくれる人がいれば、自分の子供にも「可愛がる」をそのまま返すことができるし、 
よそに甘えることができれば、自分の子供が甘えてきても受け入れられるんだよね。 
ダンナの家族には本当に感謝している。

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46: おさかなくわえた名無しさん 2014/01/05(日) 02:16:54.10 ID:iEei3cX2
私は小学生の頃、作文が得意だった。 
あるとき学校で書いた作文を先生が気に入って、 
小学生作文コンクールみたいなものにだしたら見事に入賞してしまった。 
先生は喜び、同級生たちはすごいすごいと言うが 
私は修羅場だった。こんなの親に知られたら絶対に怒られると。 

というのも、作文は「おかあさんのおせっきょう」(みたいなタイトル)。 
自分がテストで点をとれなかったときや、 
言いつけを守らずに怒られたことをトイレに逃げながら子供心に愚痴る内容だったからだ。 
見せたらまた怒られると涙目でgkbrしてた。 

gkbrの私に気がついた先生が声をかけてくれて、家に電話してくれたおかげで 
帰宅した私を母は叱らず、賞をとったんだね、 
いつも本を読んでるからだね、すごいね、と褒めてくれた。 

でもその作文コンクールは地元の新聞社主催で 
結局フルネーム+顔写真つきで新聞に作文が載せられてしまい、今度は母が修羅場w 
新聞を読んだ親戚やご近所から、母は 
「娘を叱り過ぎるからこんな目に遭うんだ」と怒られていた。 

今から思えば母は何ら間違ったことを言ってたわけではないので 
本当に申し訳なかったと思う。 
といっても、その後も懲りずに多々叱られたが 
父が早世した今となっては長生きしてほしいと願うばかり。

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190: おさかなくわえた名無しさん 2014/01/02(木) 04:49:39.84 ID:9HchXRCb
大晦日に実家に帰ったら、妹と甥二人が来ていた。 
私がお年玉をあげたら甥二人は中身を見て「少ねー」と言い(七歳と五歳) 
まあ3000円だしね…と思ってたら二人は私に「貧乏人!!貧乏人!!」と手を叩いて貧乏人コールをし始めた。 
妹が笑いながら止めなよ~と言ってたら 
父(私の父)が無言のまま二人からお年玉を取り上げ玄関を開放、 
猛吹雪の外に二人を放り出し「自分で金を稼いでから言え!」と言い施錠。 
何すんの?!怒る妹から、父は自分が上げたお年玉まで無理やり没収した。 
妹は「男の子二人も生んでやったのに!」と甥達を救出して帰って行ったが 
帰り際に私に向かって「いい子ぶってんじゃねえよ!むかつくんだよ!ブ○!」と捨て台詞を吐いた。 
何が衝撃って双子の妹だからね…しかも一卵性。

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170: (1/2) 2013/12/25(水) 02:11:12.06 ID:SuvZ/OTD
母親の神経がわかりません 

4つ下の妹がいます 
家が割合裕福で父親は単身赴任でした 

父のいないのをいいことに母親は浮気三昧でした 
浮気相手Aが他の女と結婚することが決まった時は 
その相手が外国人女性ということが大層気にさわったようで 
「結婚詐欺が流行っています!」的なビラの作り方を私に聞いてきたりしました 

他にも携帯に浮気相手Bとのハメ撮り、 
浮気相手Cとの赤裸々なメールのやりとりなど話題には事欠かない母でありました 

もちろん育児はほぼ放置 
私が小学生の頃はよく幼稚園の妹を迎えにいっていました 
食事も自分で用意するのが当たり前で持たされたクレカで冷凍食品などを買っていました 

そんな母は今は妹に夢中 
就職する年齢を超えてなお無職な妹が可愛くて仕方ないらしく 
逆に普通に学校を出て就職した私とはそりがあいません 

父は妹とどう接していいか分からないようで、あまり干渉しません 
私のことはよく思ってくれているようで、またそれが母の気に障るようです 
父が私のことを褒めると「でも私子はだらしないからねえ」と水を指します 

妹がクレカで10万円くらいの買い物をして父に怒られても 
「妹子ちゃんは勉強頑張ってるからしょうがないじゃない」と言ってかばいます 
(妹は大学院に行くだの○○の勉強したいだのころころいうことが変わります)

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526: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/26(木) 11:10:31.58 ID:QC/VTLpG
大学卒業間近に母の奨学金全額使い込みが発覚した時は修羅場だったなー。

527: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/26(木) 12:24:21.82 ID:qSt3DyW9
>>526 
乙でした。滞りなく返済できたの? 

親は学費はちゃんと準備してる、心配ないって言いながら 
わが子に勉強する自覚を持たせるためとか、 
卒業前に一括返還すれば奨学金の利子は付かないからとかで 
子どもに返還必須の奨学金を借りさせて、実は親の経営する自営の運転資金や、 
親の遊興費に使い込み、子どもの修羅場が増えてるって……

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575: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/27(金) 15:50:59.00 ID:nq19gKty
長文です 
私が二十歳くらいの時、携帯会社の店舗でやってる懸賞に当選した 
携帯所有者と連れのペア旅行券で、各地の結構高額な旅館から選べるというもの 
日ごろのお礼も兼ね、仲の良い母を誘うと「行きたい!」と喜ばれ、親娘二人旅が決定した 
人数の追加は実費負担(五万ほど)であり、父は不定休で出歩いても喜ばない性格なので除外 
母へのプレゼントなので場所や日程の決定権を渡し、数ヵ月後に決まったその日をわくわくして待っていた 
そんなある日、お盆で母の実家に行った 
母が世間話で上記の懸賞旅行の話をすると、祖母が私を見て眉を顰めた 
「なんで(私)と(母)なの?なぜ両親で行かせてあげないの?」 
なんでお前が行くんだと侮蔑するように言われ、母は「だよねー」と笑ってた 
祖母の言い方は酷く癇に障ったが、私が一番腹が立ったのは、笑って同意した母にだった 
喜んでたのは嘘で、楽しみにしてたのは自分だけだったんだと思うと悲しくて虚しかった 
その日の就寝前に「私は旅行に行かない。夫婦二人で好きに行けばいい」と母に言った 
出来るだけ落ち着いて言ったつもりだったが、途中で涙が出てきて最後はしゃくり上げていた 
財布に入っていた5万を置いて自分の部屋に引っ込むと、母が追いかけてきた 
「どうしてそんな事言うの。(父)と二人で行っても、つまらないって分かるでしょ」 
私は無性にイライラして、言うつもりはなかった言葉を吐き捨てた 
「じゃあどんなつもりで笑ったの?私とは行きたくないんでしょう? 
気が利かない思いやりがないって、なぜ私が詰られなければいけないの?」 
そんなつもりはなかったと母は慌てていたが、今はまともに話を聞けないから出て行ってくれと頼むが 
母が動かずに泣きだしたので、私が部屋を出て居間へ移動した 
しゃくり上げが止まらずにいると母が追って来たので、もう来るなと言って部屋へ戻った 
その日はティッシュ2箱を使い切ってタオルに染みを作りながら寝た 
涙と鼻水はセットであり、しゃくり上げて泣くのは苦しいと思い出せた修羅場

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219: 本当にあった怖い名無し 2011/11/15(火) 20:29:48.67 ID:plG/Kze20
小学一年生の頃、うちの両親は毎日のように口喧嘩を繰り返してた。
どっちかが暴力を振るうということは無かったものの、毎晩聞こえてくる怒鳴り声に耐えられず
いつも布団を頭から被って、どっちの声も聞こえないように泣きながら必死で耳を塞いでた。

いい加減に我慢できなくなって、ある日から、実家の近くにあった大きめの神社に毎日通って、賽銭箱に10円玉放り込んで
「もう両親の怒鳴り声聞くのは嫌です!私の耳を聞こえなくしてください!」って祈ってた。
(今思うとなんで両親が「喧嘩しなくなりますように」とか「仲良くなりますように」とか祈らなかったのか、自分でも疑問なんだけど)

で、2,3ヶ月ぐらい続けてたんだけどそしたらある日本当に耳が聞こえなくなった。
病院に行ったら原因不明の突発性難聴と診断されたけど、「これは一生治らない」と医者も匙を投げるような状態だったらしい。
それを聞いて両親とも大号泣、特に母の落ち込みようは尋常じゃなくて「お母さんと一緒に死のうか?」って言われたぐらい。

当時は「願いが叶った!神様ありがとう!」って思うと同時に、両親をあんなに悲しませてしまったことの罪悪感が凄まじくて
子供心にも複雑な気分になったことをよく覚えている。

今はアラサーと呼ばれる年齢になったけど、今でも私の耳は聞こえないまま。
両親は昔あれだけ喧嘩ばっかりだったのが嘘のように仲良く、というか落ち着いた仲になった。
だから結果的にはこれで良かったんだろうな、と思うしあの神社の神様にも感謝している。

でもやっぱり両親を悲しませてしまった罪悪感は薄れないままなんだよね…
あの時あんなお願いしてしまってごめんなさい。悲しませてごめんなさい。

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274: 名無しさん@おーぷん 2014/07/23(水)12:24:35 ID:???
フェイク入れてます

産まれたばかりの私をイラナイ、2度と会いたくない、養育費も払わないと、
母と離婚した後に不倫相手と再婚した、
クソ野郎から今頃会いたいと手紙が来た、
多分私がある事をして小金持ちになったからだと思う。(ある事で雑誌に載ったから多分そこから知られた)
母からは、養育費払わないし、2度と会いたくないとクソ野郎が書いた、(母が子供が会いたいと言ったらあって欲しいと伝えたら、私を産まれなかった、最初から存在してないと思ってるから会うことは無いと言ったらしい)
念書を見せられた、そこには、離婚する理由も書いてあった。
何百万の借金もあったらしい


手紙には、私を一日も忘れたことはない。
会いたかったが、母が許してくれなかった、
母から、離婚した理由を俺の不倫だと聞いてるかもしれないがそれは母の嘘で、不倫していたのは母の方
そんな女の元に置いておくのは心配だから、俺の所においで、
お父さん少し体壊して、入院してるけど、もう少しで退院できるから、
退院出来たら二人で会って話そう
だいたいこんな感じ

母に聞くとクソ野郎は糖尿病らしいです。

散々私を存在しないものとしてたのに、ちょっと小金持ちになったら、物凄く心配してた風にしてるのがずうずうしい。
二度と連絡しないでくださいと手紙を送り、来月には引っ越します

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661: 可愛い奥様 2011/12/24(土) 02:12:10.02 ID:xKb+2/TAO
不倫女の脳内を覗いてみたい。
父の不倫相手の1人は弟の同級生の母親だった。
当時、弟は小学3年で私は中学1年。
その不倫相手の出産の時期が父との不倫と重なったていたらしい。
父宛ての「責任取ってください」という手紙が見つかった。
こっそり読んでしまった。
でも、相手も既婚だったし、
普通に出産したなら同時期に夫との性生活もあったから、
夫に怪しまれずに出産したのだろう。
おまけにこの母親はうちの弟に自分の赤ん坊を見せて
「お兄ちゃんよ~」とニヤニヤしながらのたまったらしい。 どういう根性してるんだろうか。
赤ん坊も可哀想だし弟も可哀想だ。
こんな女が赤ん坊をまともに育てられただろうか?
裏庭で焚き火に手紙をくべていた母がポツリと私に
「あなたには兄弟がいる、腹違いの」と言った時の
感情をかみ殺して娘に漏らす気持ちって
、どんなだったろう。
私は母より先に手紙を見つけて、こっそり隠していた。
女も60過ぎているだろうけど、生きているだろうか。
父と母は離婚して、弟も私もお互いに家庭を持った後に父とは絶縁した。
父は年金でぼそぼそと暮らしていたが生きているか不明。
父は子供らに葬式すら出してもらえない。
自業自得だ。

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259: 1/3 2014/04/07(月) 10:08:04.23 ID:G04D3Im1.net
私の母の存在で、村1つの在り方と数多くの娘さんの人生が変わっていた話。
30年位前の話でフェイクもりもりなのでつじつま合わないところあったらごめんなさい。

私の母は距離にして北海道→関西くらいまでの大移動をして進学をした人。
進学先と同じ土地で就職。私の父に出会い、結婚した。
父の実家は新幹線の停まらない駅から更に車で2時間の超田舎。
田舎と言うともう少し街側に住んでいる人に「お前らと一緒にスンナ」と言われるくらい田舎。そして農家。
ほとんどの家庭で嫁いびりっぽいことはあったそうだが、周りがそんな環境なので当たり前の雰囲気だった。
しかし私母はそんなこと気にしない。ガンガン正統派にやり返し、陰で鬼嫁と言われていた。
この辺は今回の話とは関係ないので省略。

私は妹と2人姉妹。
祖父母と同居しており、実家は例にもれず農家。

当時は学歴社会と少子化が顕在化し始めたころで、10年ほど前から2~4人くらいの兄弟構成が多くなりつつあった。
そうすると当然ながら男の子のいない家庭が出てくる。
しかし膿家は女の子でも容赦なし。進学先の選択肢などなく長子は農業高校一択。
農高なんて農家がほとんどだからみんな実家を継がなければならず、婿入りしてくれる相手なんて見つからない。
私地元の農高は大変偏差値が低く農業大学に進学するほどの学力はない人が多く
地元に戻る→結婚相手が見つからず途方に暮れる、みたいな流れがちらほら出始めていた。
昔なら養子縁組もあったのだろうが、時代の流れでそれも難しい。

そんな中、私は母の方針で公立普通高に進学。
祖父母が何か言っていたらしいが、父が普通高→農業大学なのでその流れでいくと思わせて了承させる。
まぁ、農業大学ならバイオ系の研究職もあるな~くらいに思っていた高校1年生の時に父が事故で急逝した。
ここで私の人生一変。村の未来も一変。
テンプレ嫁いびりを受けていた母はさっさと妹と私を連れて田舎を脱出。街中で新しい生活を始める。
母は嫁いでからは農業を手伝っていたが、実は結婚前は看護師だった。
あっという間に前の職場のツテを使って好条件で復職。大変だったろうが、女で1つで私たちを育て上げてくれた。

260: 2/3 2014/04/07(月) 10:08:42.11 ID:G04D3Im1.net
そして、村の方も異変があった。
まず私が長子なのに普通高校に進学した時点で「そんな方法が…」状態で普通高校進学者が続出。
母がその辺の事務員よりよっぽど良い給料をもらってるのを知って、農高に進学した女の子も看護専門に続々進学。
これは私母が仲の良かったママ友に「学費ほぼタダ、奨学金あり、就職して何年か勤めれば奨学金返済免除」という制度を教えたため。
農業高校→看護専門って畑違いもいいとこのように思えるのだが、農業系は生物と化学が強かったため意外といけた。
病院側も看護師不足に喘いでいたので、割と採用してくれた。

こうして農家でいかず後家になる女の子が激減。
かわりに跡継ぎのいない農家が大量発生かと思いきや、大地主さんが土地を買い上げて農業会社を設立。
というのも、私実家は父が亡くなった1年後に祖父も死去。
父の他に男兄弟はいなかったため実質誰も農業をやる人はいなくなった。
その時に母は父から相続→祖父に預けてあった土地を全部大地主さんに安く売った。
母としてはいらないものだから処分できただけで万々歳だったのだが、これも他の農家が後に続いた。
ついでに仲が良かった大地主さん家の若夫婦に「どうせなら会社にしちゃえば~」とアドバイス。
大地主さんとしては普通に買うより安く(身内価格で)土地が増え、農家の三男坊などが働きに来て上手くいった。
結果として生産性が上がり、乱開発もなくなって土砂崩れなどもなくなる。
仕事にあぶれる人も、嫌な農業を押し付けられる若い女の子もいないの良いことづくめになったそうだ。

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というのを、先日行われた5学年合同の同窓会で知った私。
私にはたくましいが普通のその辺にいるお母さんだったのだが、母に人生救われたと思っている人がたくさんいてびっくり。
地元に看護師多いな~あるあるネタが話せて楽しいな~とは思っていたし
一部が「私ちゃんのお母さんに憧れて看護婦になったの」と言う子がいるのは知っていたが
私は地元を出てからほとんど戻っていなかったので、まさか地元全体がこんなに変わっていたとは知らなかった。
ついでにいかず後家になっちゃってたお嬢さんたちに、田舎の農業体験ができる民宿や田舎カフェ
地元でできた新鮮果物のスイーツを作ってネット販売とかを提案したのも母だった。
現在は農業企業に勤める若手男子と結婚した人が多いので、いかず後家はほとんどいません。
私が地元を出る当時、これは過疎化の一途をたどってそのうち消えるだろうな、と思っていた地元は
現在それなりに賑わい、全国版テレビで特集を組まれたり他県の山間部が視察に来るらしい。

大地主さんちの孫(私の2個上の先輩)に
「お前の母さん、地元の女神なんだぞ。あの人いなかったらみんな路頭に迷ってた」
と言われて、今じゃただの孫バカになってる母の武勇伝を知ってびっくりした話でした。
同窓会の後にその話を母に聞いたら「そんなことになってたの?知らなかったわ」と。
母としては看護婦として自分の人生を楽しく生きて
テレビでやってる色んな農家の成功例を、大地主家の若奥さんに世間話してるだけのつもりだったらしい。

ちなみに母と犬猿の仲だった祖母ですが、距離ができたためか関係は改善。それなりな親戚関係を築いてます。
ついでに「あの女神を産んだお姑さん」と地元で持ち上げられ、それなりに楽しく1人暮らしを満喫しているようです。

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